2020 1/8 山西コラム バイク履歴編 その1


みなさんおはようございます。山西です。

 

今日はなんだか冬なのに生ぬるいお天気ですね。

そんな日にはふさわしくない話題かもですが、本日はバイクのお話です。

 

僕は17才で中型バイクの免許を取って、それ以来ずっとバイクに乗っております。

最初に乗ったバイクはコチラ。

 

HONDA GB250 クラブマン です。

 

幸運にも先輩に譲ってもらい、毎日のように乗り回しておりました。

もう20年近く前のことなのでオボロゲな記憶しかないのですが、なるべく思い出しながらいきます。

 

過不足のないパワー感の250cc単気筒エンジンを搭載し、軽量で重心が高いのかヒラヒラと軽快に走りました。

その代わり立ちごけしそうになると車重自体は軽いのに、顔が真っ赤になるくらい本気で耐えないとコカしてしまうくらい重かったように記憶しています。

エンジンは高回転よりのはずですが低回転でのんびりも走れますし、ひとたびアクセルを開けるとブワァァァァァン!という音とともに結構な加速を見せてくれます。

空ぶかしで回転数が落ちてくるのが遅かったので、重いフライホイールで低回転域のトルク感みたいなのを補っていたのかもしれませんね。

 

そんな性能より何より、当時の山西少年にとってバイクというのは特別なモノでした。

大人と子供のちょうど中間で、大人の決めたルールなんてクソくらえと猛反発していながら、

ただのイチ高校生に何ができるわけもなく、何の刺激もない片田舎で有り余るエネルギーを持て余し退屈を極めていた、

そんな少年が手に入れた自由の翼。魔法の絨毯。

大雨の日以外は暑かろうが寒かろうがほぼ毎日乗っていました。

何の目的もなくただ走っているだけ、それだけで最高だったんです。

そうこうしていると走るだけでは飽き足らず、僕はこの魔法の絨毯をカスタムし始めました。

スパトラのメガホンマフラーから始まってセパハン、クラシックなウインカーにセミダブルシートという、

僕のような非オシャレ男子が乗るにはかっこよすぎる(思い込み)仕上がりになっていきました。

 

僕はこのバイクを高校二年生から大学の二回生まで三年間毎日のように乗りました。

 

そしてついにお別れの時が来ます。

もらった時点でそこそこボロかったのに三年間も毎日のように酷使され、

大切に乗ってはいましたが色んな所があちこち傷んできていました。

ホーンなんか水が入ったのか、押してもウィスパーボイスでプピ,,,しか言いませんでした笑

大学でできた友達たちと宅飲みでワイワイしていたときに何気なく、

「あのバイクもうそろそろ限界なんよね〜。乗り換えかなぁ〜」

と言ったところその中の一人が、

「あんなかっこええバイク手放すん?ホンキ?どんだけ傷んでてもいいから俺に売って!乗りたいけぇ!」

熱い広島男が名乗り出てくれ、彼の言い値で譲ったのです。

彼がそこまで言ってくれたのと、彼がまた大切に毎日乗ってくれていたのがとても嬉しかったのを覚えています。

 

もう街中で見かけることはほぼなくなってきた古いバイクですが、

僕の一台目のバイク、HONDA GB250クラブマンは僕にとって色んな思い出が詰まった特別なバイクです。

 

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山西

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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